名古屋地方裁判所 昭和46年(行ウ)27号 判決 1973年4月27日
名古屋市昭和区石仏町一丁目七八番地
原告
脇田勝重
右訴訟代理人弁護士
佐治良三
同
服部豊
同
水野正信
同
楠田堯爾
同
宮崎巖雄
同
軍治猛
右佐治代理人訴訟復代理人弁護士
水口敞
同
服部優
同市瑞穂区瑞穂町西藤塚一丁目四番地
被告
昭和税務署長
高橋努
右指定代理人
服部勝彦
同
松井茂夫
同
荒川登美雄
同
高橋健吉
同
大須賀俊彦
同
小柳津一成
同
鳥居巻吉
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
(原告)
「一、原告の昭和三九年分所得税について、被告が昭和四四年一月二七日付でなした再々更正処分および重加算税の賦課決定処分を取消す。二、原告の昭和四〇年分所得税について、被告が昭和四四年一月二七日付をもつてなした再々更正処分および重加算税の賦課決定処分を取消す。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。
(被告)
主文同旨の判決
第二、当事者の主張
(請求の原因)
一、原告は、昭和三九年分および同四〇年分所得税について、いずれも法定申告期限内に別表(課税処分表)「確定申告額」欄記載のとおりの確定申告をなし、さらに、昭和四一年八月一六日、右両年分所得税について、いずれも右表「修正申告および賦課決定額」欄記載のとおりの修正申告をなした。
二、被告は、昭和四二年九月二五日、別表「更正および賦課決定額」欄記載のとおり更正処分および重加算税の賦課決定処分をなした。
三、原告は、同年一〇月二四日被告に対し、右各処分について異議申立をしたが、被告は、いずれもこれを棄却し、昭和四三年一月二三日付でその旨原告に通知した。
さらに、原告は、同年二月二二日、名古屋国税局長に対して審査請求をしたところ、同局長は、いずれもこれを棄却する裁決をなし、同年一一月二七日付で原告に通知した。
四、被告は、これより先同年三月二日、別表「再更正および賦課決定額」欄記載のとおり再更正処分および重加算税の賦課決定処分をなした。
五、被告は、昭和四四年一月二七日、別表「再々更正および賦課決定額」欄記載のとおり再々更正処分および重加算税の賦課決定処分をなした。
六、原告は、同年二月二六日被告に対し、右各処分について異議申立をしたが、被告は、同年五月八日いずれもこれを棄却したので、さらに、同年六月六日名古屋国税局長に審査請求したところ、同局長は、同年一〇月二〇日いずれもこれを棄却する裁決をなし、同日付で原告に通知した。
七、被告は原告が訴外加藤政幸の依頼に応じ、第三相互銀行上前津支店に預け入れた導入預金の謝礼として、同人より昭和三九年中、合計一一八万五、三四〇円、同四〇年中、合計八八万二、〇〇〇円を受領し、因つてえた右所得を仮装、隠ぺいしたとして本件各処分をなしたものであるが、原告において右金員を受領した事実はないので、本件各処分は違法である。
(請求原因に対する認否および被告の主張)
一、請求原因一ないし六の事実はすべて認める。
二、原告は、加茂免自動車株式会社の代表取締役であつた訴外加藤から、同社が銀行から資金の借入れをするために導入預金をしてくれるよう依頼を受けて、昭和三八年一二月二四日第三相互銀行上前津支店に、定期預金一、〇〇〇万円 (期間六ケ月、無記名)を預け入れたが、その後、右預金の満期到来にあたり、同人から継続して預金してくれるよう依頼されたので、昭和三九年六月二五日同支店に同様の目的で一、〇〇〇万円の定期預金(期間六ケ月、無記名)をなし、同人から右継続導入預金の謝礼として同年中に次のとおり合計一一八万五、三四〇円を受領した。
六月二四日 一九万八、〇〇〇円
同月二八日 一万六、七四〇円
七月二三日 一八万円
八月二五日 一九万〇、六〇〇円
九月二六日 二〇万円
一〇月二六日 二〇万円
一一月二六日 二〇万円
三、原告は、昭和四〇年二月二三日、訴外加藤から同様の依頼を受けて、第三相互銀行上前津支店に五〇〇万円の定期預金(期間六ケ月、無記名)をなし、その謝礼として、同人から同年中に次のとおり合計八八万二、〇〇〇円を受領した。
二月二〇日 五万八、〇〇〇円
同月二六日 五五万円
六月二日 二七万四、〇〇〇円
四、而して原告において、右各収入金額を取得するにあたり必要経費としての支出は全くないので、前記昭和三九年中一一八万五、三四〇円、および同四〇年中八八万二、〇〇〇円はいずれも当該年分の雑所得として各年の総収入金額に算入すべき所得であるところ、原告は、本件各係争年にかかる所得税確定申告書提出にあたり、その基礎とした金銭出納帳にはこれらの事実を全く記載せず、前記各導入預金をなすにあたつては、すべて無記名となし、もつて、右両年分の所得税の課税標準の基礎となるべき事実を隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づいて申告書を提出した。
五、よつて、本件各処分は適法である。
第三、証拠
(原告)
甲第一号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の一、同第二号証の一の成立は認める。乙第一一ないし同第一八号証、同第二〇号証は、各原本の存在と成立を認める。乙第二一号については原本の存在は認めるが成立は知らない。その余の乙号各証の成立は知らない。
(被告)
乙第一号証の一ないし一六、同第二号証の一、二、同第三ないし同第五号証、同第六ないし同第八号証の各一、二、同第九ないし同第二一号証を提出し、証人小林久夫、同小柳津一成の各証言を援用し、甲第一号証について原本の存在と成立を認める。
理由
一、原告主張のとおりの経緯で被告が各処分をなしたことは当事者間に争いがない。
そこで原 告が訴外加藤政幸から謝礼金を受領したとの被告主張事実について判断する。
二、成立に争いのない、乙第一号証の一、同第二号証の一、原本の存在および成立について争いのない乙第一二号証、同第一三号証、同第一六号証、同一七号証、証人小林久夫の証言により成立の真正を認めることができる乙第一号証の二ないし一四、同第三号証、証人小柳津一成の証言により成立の真正を認めることができる乙第四号証、同第五号証、同第六号証ないし、同八号証の各一、二、同第九号証、同第一〇号証に証人小林久夫、同小柳津一成の各証言を総合すれば、次の事実を認めることができる。
原告は加茂免自動車株式会社の代表取締役であつた訴外加藤政幸より、同社が第三相互銀行上前津支店より融資をうけるにあたり、これを容易にするため、同支店に対し導入預金をするよう依頼勧誘をうけ、昭和三七年ごろ以来右依頼に応じ、相応の金額の導入預金をなし、その預け入れの謝礼として預金額に対する日歩六銭程度の割合で謝礼金をうけとつていたものであるところ、
1 昭和三八年一二月下旬、同社が第三相互銀行上前津支店から融資を受けるにあたり、その依頼をうけて、原告は、導入預金として同月二四日同支店に期間六ケ月、一、〇〇〇万円の定期預金をしていたが、その後、右定期預金について満期が到来するころ、右加藤から継続して預金してくれとの依頼を受け、同三九年六月二五日同支店に、いずれも期間六ケ月、無記名で五〇〇万円の定期預金二口(証書番号二、七一七および二、七一八)の継続預金をなし、その謝礼として、同月二四日一九万八、〇〇〇円、同月二八日一万六、七四〇円、七月二三日一八万円、八月二五日一九万〇、六〇〇円、九月二六日二〇万円、一〇月二六日二〇万円、一一月二六日二〇万円をそれぞれ受領し、同年中に右合計一一八万五、三四〇円の収入をえた。
2 翌昭和四〇年二月ごろ、訴外加藤は、前記会社のため第三相互銀行上前津支店から五〇〇万円の融資を受けたがその際、原告は同人より前同様導入預金の依頼を受け、これに応じて同月二三日同支店に、期間六ケ月無記名で五〇〇万円の定期預金(証書番号三、〇八二)をなし、その謝礼として、同月二〇日五万八、〇〇〇円、同月二六日五五万円、六月二日二七万四、〇〇〇円をそれぞれ受領し、同年中に右合計八八万二、〇〇〇円の収入をえた。
以上の事実を認めることができ、右に反する原告本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし、たやすく措信できないし、その他右認定を覆えすにたりる証拠はない。
三、そうすると、右各収入金額は、いずれも、各収入時の属する年分における原告の雑所得として、各年の総収入金額にそれぞれ算入すべきものであり、かつ原告において、その取得につき格別の経費を支出したことはないというべきであるので、被告がこれら全額を原告の本件各係争年分の雑所得にそれぞれ計上したのは正当である。よつて、別表のとおり、本件各係争年にかかる原告の所得税について被告のなした本件各再々更正処分は適法である。
四、また、原告は、右各導入預金をなすにあたりすべてこれを無記名としたことは、前記認定のとおりであり、原本の存在と成立について争いのない乙第一一号証によれば、原告記帳の金銭出納帳には先に認定した謝礼金受領の事実は全く記載されていないことが明らかであり、また、原告が右謝礼金について被告に対し何らの申告もしなかつたことは当事者間に争いがないので、これらの事実と弁論の全趣旨によれば原告は、訴外加藤から前記認定にかかる金員を取得しながら、これを隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づいて、本件各所得税の確定申告書を提出したものというべきである。よつて別表のとおり被告がなした本件各重加算税の賦課決定処分も適法である。
五、以上の次第で、原告の各本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 下方元子 裁判官小林克已は転任につき署名捺印できない。裁判長裁判官 山田義光)
別表
課税処分表
一、昭和三九年分
<省略>
<省略>
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二、昭和四〇年分
<省略>
<省略>